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慶長の役で捕まった朝鮮人官僚が見た日本の詳細。姜沆『看羊録―朝鮮儒者の日本抑留記』

どうも。馬頭です。
今日はほんとはロードバイクで遠出する予定でしたが、手の痛みがまだまだ残っているので取りやめました。暑さもひどかったですしね。

それはともかく。

姜沆『看羊録―朝鮮儒者の日本抑留記』

『看羊録―朝鮮儒者の日本抑留記』

(姜沆。訳/朴鐘鳴。平凡社。東洋文庫440。1984年。2520円。310ページ)

一 賊中封疏(賊中からの上奏文)
二 賊中聞見録
三 告俘人檄(俘虜になった人々に告げる檄文)
四 詣承政院啓辞(承政院に詣り〔王に〕上進した文)
五 渉乱事迹(乱にわたることども)
倭国地図
〔跋文〕(尹舜挙)
解説(朴鐘鳴)


これは、1597年の慶長の役の時、日本軍の藤堂高虎によって捕虜となった李氏朝鮮の官僚(官人)のひとり、姜沆(きょうこう。ハンカン)という人が、日本で三年間囚われている時と、帰還してから書いたものです。

姜沆は慶長の役の時、兵站の仕事の一部を任されましたが、9月16日の鳴梁海戦のあと、韓国南西の全羅南道沿岸の諸島部から黄海沿岸へ進出した日本軍の藤堂高虎軍によって、霊光沖で捕まってしまいます。一度は数百人の義兵を集めて戦おうとしていた姜沆ですが、崩壊する戦線から家族とともに船に乗り、李舜臣が西上して逃げるのを追って合流しようとしている時に日本の船に見つかってしまいます。家族みんなで海に身を投げて死のうとしましたが、水深が浅かったせいで結局捕まって、そのまま日本の対馬、壱岐、そして藤堂高虎の領地である伊予へ連れていかれ、捕虜生活がはじまります。彼らは捕囚生活の中で、何人も家族を失いつつ、さらに伏見へと移動させられますが、終戦後、1600年に放免され帰国することができました。
この「看羊録」は、王・宮廷への提言として書かれたもので、当時の日本の情勢・文化・地勢を多少の誤謬はあるものの、的確に描写しています。
捕虜の身の上なので、かなり愚痴というか嘆きの文言が多いですが、才能ある人物だったので、古典からの引用を多用したり、知的でしっかりした文章になっていて、詩なども入れてあったりと、読み物としても面白いです。なにより、当時の戦国武将たちや日本の風俗を外国人のしかも儒者が見てどう写ったのかが見て取れるのが興味深い。
この人、伏見にいた時、藤原惺窩(林羅山らの師匠)と交流があり、日本の朱子学形成に重要な影響を与えた人物だとも言われています。てか、藤原惺窩はほんと儒教大好きで、戦国時代の日本に嫌気がさしていたようです。なので、姜沆にも明朝と李氏朝鮮で日本に攻めてきて欲しいとかまで言ってます。
姜沆は三年の間に三回逃亡しようとしてます。当時、五万人くらいの朝鮮人が日本に連れて来られてたらしいですが、そういう人たちとも連携してたものの、連れ戻されたり、事前にバレたりで全部失敗してます。結局最後は、キリシタンの医者・慶安の口添えで釈放され、交流のあった赤松広通(斎村政広)の援助で船を仕立てて帰国することになります。
そういえば、朝鮮の武将で李曄という人が捕まって日本に連れて来られて、秀吉とも面会したそうですが、最後は船で逃げたけど追われ、ついに自害してしまったとか。

日本のことについて直接的に情報を仕入れて書いたものなので、驚くほど詳しくて、各領土・各大名ごとに評論を書いたり、賊魁・秀吉の人物伝や、政治状況、各武将たちの友好・敵対関係、官職名の羅列などもあったりします。当時、どう情勢が動くかわからない不確定な状況で、その場にいた人間が聞いた話、という形での情報が緊迫感を持って伝わってきて、面白かったです。

参照サイト
平凡社 東洋文庫
http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/series.toyo/
姜コウ(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%9C%E3%82%B3%E3%82%A6
文禄・慶長の役 (Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9
藤堂高虎(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%A0%82%E9%AB%98%E8%99%8E
藤原惺窩(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E6%83%BA%E7%AA%A9
斎村政広(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E6%9D%91%E6%94%BF%E5%BA%83
慶安 とは - コトバンク

http://kotobank.jp/word/%E6%85%B6%E5%AE%89

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「不滅の李舜臣 第4章 丁酉再乱」



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