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ヨーロッパに広まった日本という国の情報の伝播について。クレインス・フレデリック『十七世紀のオランダ人が見た日本』

どうも。自分が何をすべきか見失った哀れな存在であるところの馬頭です。
日曜日に久々にロードバイク乗ろうかと思ってたら天気が・・・。

それはともかく。

クレインス・フレデリック『十七世紀のオランダ人が見た日本』

『十七世紀のオランダ人が見た日本』

(クレインス・フレデリック。臨川書店。2010年。2730円。249ページ)
はじめに
第一章 オランダの黄金時代と日本交易の独占
第二章 洋上で出会った日本 初期の旅行記にみる日本情報の萌芽
第三章 東インド会社を経由した日本情報 商務員たちの日記
第四章 日本文化の深奥へ オランダ商館長カロンの『日本大王国志』
第五章 「日本誌」の誕生 職業作家モンターヌスの『東インド会社遣日使節紀行』
第六章 写実的に描かれる日本 冒険家ストライス・外科医スハウテンの旅行記
おわりに
謝辞・掲載図版の出典・注


鎖国中の日本と国交を持ったオランダ人たちが、日本をどのように見ていたのか、どのような情報が知られていたのか、その経緯を込みで詳細に解説する本です。
近世近代のヨーロッパにおいて、日本のイメージを決定づけることになった数々の書籍の情報などが紹介されています。
著者はベルギー生まれのクレインス・フレデリック(Frederik Cryns)氏。

これ、すげー面白かったです。
「日本」がオランダ人にどう見られていたか、というのはあまり知られていないかと思いますが、オランダ人の東洋進出の経緯や戦略、伝えた人の経歴と出版された本とその内容、などをひとつの流れとして見ることができてスッキリわかるし、そうだったのか〜、という話もいくつか。

オランダが日本と関わるのは意外と遅くて、オランダ船のリーフデ号が九州に漂着したのが1600年の4月で、彼らがパタニのオランダ商館に連絡を取れたのは1605年だったし、日本にオランダ船が向かったのが1609年だったというから、えらい時間かかってますね。当時、日本との交易はポルトガル人のイエズス会士が独占してたそうです。
しかも、オランダ東インド会社は当初は略奪によって得たもので日本と交易しようと考えていたというかなり行き当たりばったりな計画だったようです。なので、はじめは幕府側と険悪な関係になったんですが、その延長にあるのがタイオワン事件。まあ、いろいろありましたが、ポルトガル人・イエズス会士たちの方がより問題あったので、オランダ人は残れたというわけです。タイオワン事件解決のための方策が適切だったのと、敵対していた長崎代官・末次平蔵が死去するということがあってタイミングが良かったこともあります。これで事態は好転し、1637年の島原の乱を経て、オランダが南蛮人としては交易を独占できたわけですね。

でも、こうなる前にオランダ人はポルトガル船の船員などとして日本には来てたみたいです。オランダは国民の10人に一人が船員という国だったとか。それがオランダの海運業発達、諸都市の国際商業都市化、といったことにもなってる。そうした人の中で、日本には行かなかったけど、ゴアに滞在したリンスホーテンという人が、「東方案内記」というのを出し、その一部で日本を紹介しています。これはイエズス会士マッフェイの「インド史」を参照しつつ書いたもので、日本人が肉を食べず魚を好むとか、部屋にマット(畳)を敷くとか、米食が一般的だとか書いてあります。でも、これを「インド史」から転載する時、写し間違えたらしく、日本を「一部の地域がとても寒い国」というような文のところを「日本は寒い国」と書いてしまったため、ヨーロッパで日本は寒い国だという誤解が広まってしまったようです。そして、そのせいで、なんと西欧人たちは日本に羊毛を売ろうとやってくることになるのです。もちろん売れないのですが、確かに私もいくつか読んだ本でヨーロッパ人が羊毛を持ってきたのに売れないと嘆く話を見たことがあります。そういうことだったのかwww
そもそも、リーフデ号も羊毛を売ろうとしてたというのですから、とんだ情報に振り回されてたわけです。

鎖国がはじまるとオランダ東インド会社はその商業上重要な日本の情報を独占・隠蔽するようになるのですが、そこから漏れた情報で本を書いたのが、コメリンの「東インド会社の起源と発展」で、これはいろいろな人の記録を集めたものとなっています。この中に、上級商務員クラーメルの日記があって、1626年の後水尾天皇の二条城行幸の見学の話が載ってたりします。彼は大々的なパレードの様子を詳細に書いていますが、彼が人びとの衣装や装備などをきっちり書いているのは、当時、これらの衣装の多くが輸入織物だったからで、好奇心からだけで書いているわけではなく、顧客の好みや流行を鋭くチェックしているという極めて現実的な理由があったわけです。

そして、その後書かれたのが、オランダ商館長カロンの書いた「日本大王国志」で、これはその後のヨーロッパ人の日本観に多大な影響を与えることになります。
カロンははじめは調理人の助手として長崎に来日したのに、日本人女性と結婚して通詞として頭角を現し、ついには商館長にまでなっちゃうという面白い経歴の人。
彼は日本の風俗・制度・歴史なども記しましたが、その中で、将軍のことは「皇帝」、老中を「顧問官」、大名を「国王」、目付を「書記官」、などとしてます。神聖ローマ帝国を連想させるような理解しやすい形で書かれてるわけです。でも、天皇いるのに「皇帝」を使っちゃってるわけで、天皇のことをなんて書いたかというと、「内裏」の音をそのままに「デイロー」「ダイロー」として天皇の意味に使っています。そして天皇の神聖性についていろいろな逸話を収録して、天皇の神秘イメージをヨーロッパに広めることになります。
ところで、これに日本の歴史、天皇が権力を失い、将軍が権力を握った過程について書かれていますが、はじめは天皇の第二子が将軍になるのが慣例だったけど・・・というようなことが書いてあるために、源頼朝や織田信長が天皇の第二子だったという説がヨーロッパで信じられることになったそうです。(ぇー

そして、17世紀後半になると、「東インド会社遣日使節紀行」や「三大旅行記」「東インド紀行」などで、日本の情報が詳しく学術的・写実的になってくる様子が書かれます。
そんな感じで、ケンペルの来日以前の日本情報についての話となっていましたが、これは興味深い話がいっぱいでホント面白かったです。

参照サイト
株式会社 臨川書店 RINSEN BOOK CO.創業1932年 京都の学術古書・出版
http://www.rinsen.com
クレインス・フレデリック(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%87%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9
日蘭関係(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%98%AD%E9%96%A2%E4%BF%82
リーフデ号(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%87%E5%8F%B7
オランダ東インド会社(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E6%9D%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BC%9A%E7%A4%BE
フランソワ・カロン(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%B3
日本大王国志(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E7%8E%8B%E5%9B%BD%E5%BF%97

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