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難波田城公園に行ってきました。城山公園と古墳も見ました。20140503(増補版)_前編

どうも。通説バッサリ系の本とかに弱い馬頭です。
いや、いま「百姓の江戸時代」って本を読んでるのですが、これが面白いんですよ。
それにしても、こういうのって、どれだけ新説とかが正しいのかって、誰に聞けばいいんでしょうね?

それはともかく。先日行った難波田城公園のレポートを簡易版からさらにちゃんと紹介した増補版にしてみました。
ちょっと大量に写真撮ったので、前後編となります。

難波田城公園20140503_02

臨済宗・金泉寺 午王山遺跡

和光市新倉にある臨済宗のお寺。県立和光高校の裏手。このお寺がどうというのではなく、このお寺の背後に午王山遺跡というのがあるというので行ってみたのですが、なんとなく入りづらかったので外から写真を撮ってみました。しかし、写真右奥に写る小高い丘がそうかと思っていたら、実はこのお寺の左側の方にある高台の上の畑の中にあったそうです。Googleマップだとこの写真の位置なんですがね〜。マップ見て行っただけで、事前に情報を調べていかなかったのが敗因。
ちなみにその遺跡は、二重三重の堀のある環濠集落の跡だそうです。畑の下だから埋め戻したのかな?


難波田城公園20140503_19

下新倉・氷川八幡神社

地図を見ると金泉寺から少し南に行くと氷川神社があるので行ってみることに。
ここは前に行った新倉の氷川神社よりも早く、11世紀終わり頃創建されたそうです。実はもともと八幡神社だったけど、途中から氷川神社を合祀したとのこと。
地図で見た時はわからなかったけど、金泉寺がある土地は低く、結構な急な坂を登った台地の上に神社がありました。参道は無く、住宅に囲まれています。


難波田城公園20140503_03

下新倉・氷川八幡神社 社殿

敷地は広くて、社殿も立派。なかなか良いですね〜。


難波田城公園20140503_18

下新倉・氷川八幡神社 神楽殿

社殿の目の前の敷地は広い空き地になってるのですが、そこには神楽殿が建っています。写真の右手側が社殿。
ここでなにかお祭りかなんかした時に使うのでしょうか?


難波田城公園20140503_04

神楽殿の張り紙 お焚き上げ

神楽殿にこんな張り紙がありました。
「ぬいぐるみはお焚きあげできません!」www
やろうとする人がいるのか〜。それ、扱いに困って、でも捨てるのも忍びないから・・・とかそういう理由なんでしょうかね。


難波田城公園20140503_26

下新倉・氷川八幡神社内の日露戦役記念碑

新倉の方にもありましたが、こっちにも日露戦争の記念碑がありました。けっこう大きい。


難波田城公園20140503_05

新倉・氷川八幡神社

下新倉の氷川八幡神社から北に1.5kmほど行くともうひとつの氷川八幡神社に着きます。両方とも台地の上にあり、高低差がほとんどないまま移動できました。
ここは前にも来ましたが、やはり雰囲気がいい神社ですね〜。山の側面にへばり付く感じの参道も、奥に行くと緑が多いところも良し。
ちなみにここで神社の人に声をかけられいろいろ話をしましたが、この近くにある八枝神社をオススメされました。今度行ってみよう。


難波田城公園20140503_27

柊塚古墳歴史広場

新倉の氷川八幡神社から北西方向に進むと、柊塚古墳というのがあります。直線距離で1.3kmほど。ちなみにここは朝霞市になります。
武蔵野台地の端っこの部分に作られた前方後円墳で、よく整備された小さな公園になっています。
下から登ると途中に駐車場・駐輪場が整備されていて、奥の階段を登ったところにあります。入り口は上の方にもあります。
入り口にはこうした馬形埴輪のレプリカが。


難波田城公園20140503_06

柊塚古墳 円墳

この古墳は根岸古墳群のひとつで、六世紀頃のもの。他の古墳は破壊されてしまってますし、この柊塚古墳も方墳の方は破壊されてしまって、一部しか残っていません。でも、円墳の方はよく形がわかるよう整備されています。円墳は直径48m、高さ8mもあります。


難波田城公園20140503_07

柊塚古墳の模型

公園内にあった説明台のところにこうしたディオラマがあります。方墳の方が破壊されてて、ほとんど残っていないのがよくわかる。
もともとは周りに堀があったようですが、そこまでは再現されていません。小さな公園内にはなんかの花の木が植えられていました。
ちなみに、根岸古墳群の中の一夜塚古墳は、近くにある朝霞第二小学校の敷地内にあったのですが、学校の拡張工事の時に破壊されたそうで、一応記念碑と説明板があったみたいです。自分は地図だけ見て行ったので、地図で示された位置にあたる敷地内のそれっぽい盛り上がりを道路側から撮影しましたが、それはどうやら関係ないもののようです。つまり、アレですよ。「短パン・眼鏡の中年が小学校校内を撮影する事案」の発生ですよ。もうちょいで警察のお世話になるところでしたよ!


難波田城公園20140503_08

家形埴輪型のトイレ

この公園のトイレはこんな感じの家形埴輪を模した造りになっています。他にも入り口のところにある車止めが、円筒埴輪だったり、入り口に馬形埴輪があったりして、遊び心がある。
ここの発掘の時、出土したもので、家形埴輪はほぼ完全な状態で発掘されたそうです。


難波田城公園20140503_10

岡氷川神社 境内

古墳の近く、朝霞第二小学校の隣には、氷川神社がありました。こんなところにもあったのか。
道沿いの細長い土地が敷地で、参道が長くて雰囲気がいいです。両側に大きな木がたくさんあり、日陰の中を進むのが気持ちよかった。


難波田城公園20140503_11

岡氷川神社 拝殿

拝殿の部分は開けています。
由来は不明だそうですが、岡村、溝沼村、根岸村の鎮守だったそうです。この神社は江戸時代には東円寺(真言宗智山派)の支配下にあったそうですが、東円寺は太田道灌や高家土岐氏にゆかりのあるお寺とのこと。ここから北西方向に少し行くとあります。そこには土岐氏累代の墓があるそうですが、見に行けばよかったかな?
ちなみにGoogleマップだと氷川神社の位置が間違っています。
ここの狛犬が、顔がクワッとしててカッコ良かった。


難波田城公園20140503_28

岡氷川神社内の日露戦役記念碑

ここにも日露戦役記念碑がありました。


難波田城公園20140503_12

砲弾

この日露戦役記念碑の面白いところは、隣の台に当時の砲弾をこんな形で使ってることでしょうか。


難波田城公園20140503_13

城山公園 岡城

氷川神社から北に300mほど進むと、城山公園という公園があります。名前の通り、昔はお城だったようですが、詳細は不明。「岡の城山」「岡城」とも言うらしいです。
先ほどの柊塚古墳もそうですが、すぐ側に黒目川が流れています。この写真は公園の入り口である三の郭側から撮影してしまったので、あまり高低差がわかりませんが、川側から見れば小高い丘になっています。
この写真の位置の方から三の郭、二の郭、一の郭と並んでいます。
山の麓部分にいろいろな遊具を置いたアスレチック広場になっていて、上の郭は広場になっています。


難波田城公園20140503_20

三の郭広場

入り口から広い階段を登ると少し広がったコンクリート敷の広場になってますが、そこはもとは馬出しかなんかだったろうとのこと。そこからさらに細い階段を登るとこの三の郭広場になります。狭い。


難波田城公園20140503_21

三の郭と二の郭をつなぐ階段

郭と郭の間は浅い堀切になっています。階段で一度降りて、登ると二の郭です。


難波田城公園20140503_22

二の郭広場

もと二の郭だという広場。三つの郭のうち、一番広いです。この山の斜面の木は生えたまんまなので、どの広場でも周りの景色は見えません。広場の真ん中にも木が生えています。


難波田城公園20140503_23

三の郭と二の郭との間の堀切

浅いけど一応ちゃんと堀切になってます。しかも、くっきりと屈曲してる。


難波田城公園20140503_24

一の郭と二の郭との間の堀切

二の郭と一の郭をつなぐ部分は、こうした橋になっています。浅いですが一応堀切もある。


難波田城公園20140503_25

一の郭広場

二の郭の半分以下の広さかな。北東側の一角に突出してて盛り上がってる場所がありましたが、物見櫓の跡って看板がありました。

事前に知識無く地図を見て名前を見つけて行っただけなんですが、一応お城の跡ということでそれなりに楽しめました。
実は、この城山公園の下に着いた時に、ちょうどスマートフォンの電池が切れてしまい、撮影どころか見るのも諦めようかと思っていたのですが、コンビニ探して充電器買って見ることに。でもそこまでして見たかいがありました。

というわけで、この日、最大の目的である難波田城については次の記事(後編)で。

参照サイト
午王山遺跡(和光市)
http://rekitama-wako.jp/museum/iseki/gobouyamaiseki.php
柊塚古墳(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%8A%E5%A1%9A%E5%8F%A4%E5%A2%B3
埼玉県朝霞市 岡城(朝霞市岡、城山公園)(余湖くんのホームページ)
http://homepage3.nifty.com/azusa/saitama/asakasi.htm

関連記事
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歩きがいのある巨大城郭・鉢形城へ行ってきました。20131110
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「廃城をゆく3 (イカロス・ムック) 」
「日本統治下の台湾 (平凡社新書)」
「長崎・東西文化交渉史の舞台―ポルトガル時代/オランダ時代」



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