Entries

志村・石神井・滝の城の三つの城址と平林寺を自転車で廻ってみました。20140727

どうも。うちの壊れかけのクーラーが、ここのところやけに調子よく冷風を出してくれてるのは、本当に壊れる前の最後の頑張りなのではと感じている馬頭です。

それはともかく。
記事書くの遅れましたが、先週の27日日曜日は、自転車でお城を三つと平林寺を観てきました。

滝の城址20140727_01

志村城山公園

まずは前は良く使っていた荒川に出る道である中山道を進んで、板橋区の志村で志村城山公園に行きました。荒川に出るちょっと手前に大きな下り坂があったのですが、この部分が河岸段丘だったんですね。その高低差のある部分にある舌状台地にあるのが志村城です。
ここから北西方向に行くとある赤塚城の支城だったようですね。康正2年(1456年)から板橋の赤塚城に千葉氏の千葉自胤が入ってから、その支城になったとか。大永2年(1524年)に北条氏綱によって陥落。
現在は城の下の部分が公園になっています。高低差が結構ある。
写真のようなお城をイメージした門とトイレがあったりします。


滝の城址20140727_03

熊野神社

公園から上に登って少し行くと熊野神社があります。結構大きな神社。参道が長いので正門側まで周ると遠回りになります。
長久3年(1042年)にこの地の志村将監という豪族が、紀州熊野神社から分霊してもらって作ったそうです。千葉自胤はこれを志村城の守護神としました。
かつての志村城のニノ丸の場所にあり、しかもその部分は、古代の古墳でした。
社殿の西側に空堀があったそうですが、チェックし忘れました。


滝の城址20140727_02

志村城跡の碑

熊野神社の長い参道の入り口部分に立ってます。


滝の城址20140727_04

下練馬の大山道道標

志村城山公園から、次は環状八号線を南西方向に進みましたが、途中でこんな石碑を見つけました。
旧川越とふじ大山道の分岐点に立っていた道標。宝暦3年(1753年)8月に立てられたそうです。建てたのは下練馬村講中。
大山参りや富士講に関連する道標とのこと。


滝の城址20140727_05

石神井公園

練馬区の石神井公園に到着。はじめて来ましたが、細長い池とそれを囲うような敷地。なぜか真ん中を道路で分断されています。
写真は池の東の端から撮影したもの。
ここらへん、町の雰囲気がなんかいいですね。道はちょっと細いですが。
ちなみに、この「石神井」が「しゃくじい」と読むと知ったのは、たしか三年前くらいでした。


滝の城址20140727_06

石神井城跡

この石神井公園内には、石神井城の跡があります。フェンスで区切って保護してますが、形がわかるように整備してるわけでもないので、ちょっとわかりづらいですが、堀と郭の土塁の部分はわかります。写真の低い部分が堀で右側の高い部分が土塁。公園の敷地内において、多少高い部分にあたりますが、凄く高低差があるわけではないです。
鬱蒼とした林になってますが、ここで散々蚊にくわれました。今度っから城を見る時は虫除けをして行こう。
このお城は、もともと豊島氏の城でしたが、1477年に太田道灌によって陥落したとのこと。


滝の城址20140727_07

石神井 氷川神社

城址のすぐ横に氷川神社があります。結構立派なやつ。
ちょうど骨董市(といっても数人)が立ってました。


滝の城址20140727_08

大泉 氷川神社

石神井公園から出て、北上してくと24号線にぶつかりますが、ここにも氷川神社がありました。大泉インターの近くです。
ここから、さらに関越自動車道沿いに北西方向に向かいます。


滝の城址20140727_14

臨済宗妙心寺派 金鳳山 平林寺

関越自動車道から少し逸れて北東に向かうと、新座市野火止にある臨済宗の禅寺・平林寺があります。
広大な敷地を持つお寺です。ここは川越藩主・大河内松平家の菩提寺として知られています。もともと、埼玉の岩槻にあったのを1663年に移転したとのこと。
ちなみにここは入場料が必要なお寺です。大人500円。でもそれだけの価値はあります。


滝の城址20140727_13

大河内松平家歴代の墓

境内には山門とか仏殿とかいろいろ見どころがありますが、やはり、この松平家のお墓が一番の目玉でしょう。


滝の城址20140727_12

松平伊豆守信綱のお墓

松平信綱といったら「知恵伊豆」として知られた江戸時代初期の名老中。その人のお墓もここにあります。
奥さんのお墓も隣に立ってます。


滝の城址20140727_09

島原の乱戦没者供養塔

松平信綱といえば、島原の乱を鎮圧した時の総大将。もともと、板倉重昌が総大将だったのに、戦死してしまったため、指揮を引き継いだ形になります。それにちなんでここの境内に島原の乱の戦没者の供養塔があるわけですが、実はこれ、別に松平信綱が建てたわけではなく、三河国吉田藩の家臣・大嶋左源太という人が、文久元年(1861年)に建立したものだそうです。吉田藩の当時の藩主は大河内松平家系で、松平信綱の子孫です。


滝の城址20140727_10

増田長盛之墓

ここにはなんと戦国大名・増田長盛のお墓があります。増田長盛は尾張もしくは近江出身で、羽柴秀吉の部下として出世し、豊臣政権下では五奉行の一人として活躍。
関が原の戦いでは、石田三成側について伏見城攻めなどに参加。甲賀衆の調略など伏見城陥落に一役かってます。でも、石田三成に協力しない態度などから、西軍敗北の原因はこの人にありとも言われてて、いまいち人気は・・・。
大坂夏の陣では、息子・増田盛次が豊臣方に付いたため、それが原因で長盛も切腹を命じられて自害しています。
なんで、こんなところにお墓があるかというと、関ヶ原で負けて出家して高野山に預けられていたけど、その後、岩槻藩主・高力清長が預かることになり、岩槻にいたようです。そのため、自害時、岩槻にあった平林寺に埋葬され、その後の平林寺の野火止への移転で一緒に移動してここにあるということみたいです。
まさかこんなところで増田長盛のお墓が見れるとは。


滝の城址20140727_11

見性院の供養塔

増田長盛のお墓の隣には、なぜか武田信玄の娘・見性院の供養塔があります。
見性院は穴山梅雪の正室で、梅雪の死後、息子・勝千代が早逝して穴山家が断絶すると、遺領が徳川家の領土になります。そのため彼女も徳川家康の保護下におかれます。見性院は、幼いころに保科正之を養育した人物でもあります。
お墓は埼玉の緑区の清泰寺の方にあるとか。


滝の城址20140727_15

あんみつ

平林寺を出たあと、あまりにも暑いので、少し休憩をとりました。
平林寺の目の前に食事処があるので、そこであんみつを食べました。


滝の城址20140727_16

野火止用水

松平信綱は新田などのために用水路を作りましたが、その一部がまだ残ってます。平林寺から関越自動車道を越えて南西方向に少し行くと、史跡公園というのがあって、用水路を見ることができます。
平林寺から、歩いて行くにはちょっと距離があります。


滝の城址20140727_17

滝の城外観

平林寺からさらに関越自動車道沿いに北西に少し行くと、柳瀬川がありますが、その柳瀬川左岸側に滝の城址公園があります。かつて滝の城があった場所です。
写真は滝の城があった高台を柳瀬川の右岸側から撮影したもの。
ちょうど柳瀬川が境界線になってるので、撮影してるのは清瀬市、城がある場所は所沢市になってます。


滝の城址20140727_18

城山神社入り口

滝の城址公園には現在城山神社があるので、山の中腹にあるここから階段で元は郭だった神社の敷地に入れます。城の下から来たからここから入りましたが、北側からの方が正門になります。
かなり急な階段が続いていて、急勾配の崖の上に城があるのがわかります。


滝の城址20140727_19

城山神社

かつての本丸の部分に神社が建ってますが、ちょうどお祭りかなんかの準備をしていました。
この部分はまわりを少し盛り上がった程度の土塁で囲んでいます。他の郭や堀もくっきり残ってます。
このお城はもともと12世紀の土豪が建設したもので、その後大石氏の支城となり、北条氏が台頭してくるとその支配下に。そして、1590年の小田原征伐の時には、浅野長政が攻めて陥落させています。


滝の城址20140727_20

山頂からの展望

神社のある部分から崖下を見渡すとこんなにも見晴らしがいいです。


滝の城址20140727_21



現在も当時のお城の構造をよく残していて、神社を囲むようにして巨大な堀が作られています。本当に規模が大きくて、幅も高さも凄かったです。正直、ここまで凄いお城だったとは思ってなかったので、ビックリしました。
どうやら、この滝の城はかなり重要なお城で、北条氏の拡大の過程で、北方との戦いの兵力集合地点になってたみたいです。
自転車で片手間に周るようなお城じゃなかったので持て余し気味。しょうがなく、全部は観ないで帰ることに。
ちなみに写真は右側が神社のある本丸部分で、堀の深さがわかります。


滝の城址20140727_22

堀2

堀の下まで降りて撮影してみました。高低差も見て取れますが、堀が屈曲してるのがわかります。


というわけで、志村城、石神井城、滝の城の三つのお城と、平林寺を見学してきました。面白かったです。
滝の城を見終わったあとは、254を北上して荒川に出て、河川敷を走って江北橋のところから部屋に戻りました。トータル70kmほど。見学にかなり時間かかったので、6時出発で14時帰宅となりました。こんな予定じゃなかったのに(定期ツイート)。
この日はとにかくむちゃくちゃ暑かったです。買ったばかりのペットボトルが、10分でぬるま湯になるレベル。ちょっとこういう日は走るのはやめといた方がいいですね。夏は早朝に走ろうかな・・・
今回の滝の城は、もう一度観に行きたいですね。



「村人の城・戦国大名の城 (歴史新書y) 」
現在、この本読んでます。滝の城などのことも書いてある。


参照サイト
平林寺 公式
http://www.heirinji.or.jp/index.html
滝の城址公園運動場 所沢市ホームページ
http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/shisetu/sportskoen/sports/takinojoshikoenundojo/index.html
石神井公園|公園へ行こう! - 東京都公園協会
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index006.html
志村城(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E6%9D%91%E5%9F%8E
石神井城(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%A5%9E%E4%BA%95%E5%9F%8E
平林寺(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%9E%97%E5%AF%BA
大河内氏(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E5%86%85%E6%B0%8F
増田長盛(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%97%E7%94%B0%E9%95%B7%E7%9B%9B
見性院 (穴山梅雪正室)(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8B%E6%80%A7%E9%99%A2_(%E7%A9%B4%E5%B1%B1%E6%A2%85%E9%9B%AA%E6%AD%A3%E5%AE%A4)
野火止用水(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%81%AB%E6%AD%A2%E7%94%A8%E6%B0%B4
滝の城(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%9D%E3%81%AE%E5%9F%8E

関連記事
自転車で荒川まで行ってきました。あと赤塚城と氷川神社
http://xwablog.blog20.fc2.com/blog-entry-876.html
GW中にもう一度彩湖に行ってみました。そのまま川越へ。氷川神社巡り
http://xwablog.blog20.fc2.com/blog-entry-1540.html
松山城と小倉城に行ってきました。吉見百穴もついでに。20140427
http://xwablog.blog20.fc2.com/blog-entry-1759.html
板橋の氷川町氷川神社に立ち寄ってみました
http://xwablog.blog20.fc2.com/blog-entry-888.html
難波田城公園に行ってきました。城山公園と古墳も見ました。20140503(増補版)_前編
http://xwablog.blog20.fc2.com/blog-entry-1762.html



「天の血脈(4) (アフタヌーンKC)」
「出使日記の時代―清末の中国と外交―」
「ロシア出版文化史―十八世紀の印刷業と知識人」



このブログのトップページへ 
デジタル・クワルナフ HPのトップへ 
web拍手・コメントはこちらへ
web拍手レスまとめページはこちらへ  
Twitter(matou_twi)はこちらへ




関連記事
スポンサーサイト

Appendix

カウンタ

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

検索フォーム

プロフィール

管理人・馬頭

Author:管理人・馬頭
世界史系サイト「デジタル・クワルナフ」の管理人。ロシア・東欧史が大好物。馬。

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

QRコード

QRコード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる